2008年6月13日
発掘調査中です ~三見ほうろく窯跡・ほうろく茶屋跡 弐~
今回の調査のきっかけとなったのは、一つの絵図でした。「當嶋宰判鑓板峠ヨリ玉江坂迄道松絵図」(山口県文書館所蔵)は、街道脇にある松の実態調査をおこなった時の絵図とみられ、その中に三見中山に「ほうろく釜」と「ほうろく茶屋」の記述がみられます。「ほうろく釜」には窯を覆う長い屋根が描かれています。
実際に推定される現地にいってみますと、墓地の近くに方形の落ち込みがあり、周辺にはほうろくの破片や窯の壁とみられる破片が落ちていました。地元でも「ほうろく窯跡」として知られている場所です。さらに街道を挟んで南側には丘陵の先端を掘削して平坦にした更地があり、これがほうろく茶屋のあったところと考えられました。
また1845年の『防長風土注進案』には「中山組」に「ほふろくや 家壱軒」の記述があり、防長の名産物を列記した『御両国珎名産物』には「ほうろく 阿武郡 中山」と書かれています。これらのことから、今回調査する窯跡は三見特産のほうろくを焼成した窯跡と考えられます。